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J.M.W. ターナー《荒海と難破船》 1840-45年頃 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《荒海と難破船》(部分) 1840-45年頃 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate

みどころ

  1. 「光の画家」ターナーの傑作80点超が集結
  2. 風景画の巨匠が追究した「崇高」をひも解く
  3. ターナーと現代美術時を超える「対話」

    Peter Doig

    Olafur Eliasson

    Howard Hodgkin

    Richard Long

    Lisa Milroy

    Barnett Newman

    The Otolith Group

    Cornelia Parker

    Katie Paterson

    Mark Rothko

    Wolfgang Tillmans

    Jessica Warboys

序章

暗い部屋

J.M.W. ターナー《月光、ミルバンクでの習作》
J.M.W. ターナー《月光、ミルバンクでの習作》 1797年展示 油彩/板(マホガニー) テート美術館 Photo: Tate

Katie Paterson

ケイティ・パターソン《Totality(皆既食/全体性)》 2016年 ミクストメディア 作家蔵 Photo © GRIMALDI FORUM MONACO 2024 - Eric Zaragoza
ケイティ・パターソン《Totality(皆既食/全体性)》2016年 ミクストメディア 作家蔵 Photo © GRIMALDI FORUM MONACO 2024 - Eric Zaragoza

'Turner's Sublime Legacy, in dialogue with contemporary artists' (Grimaldi Forum,Monaco, 2024) 展示風景より

ターナーは、自身が営んでいた画廊の来客たちを「暗い部屋」でしばし待たせたといわれます。序章ではその記憶を喚起しつつ、彼がくりかえし描いた月光のイメージを紹介します。あわせて、彼が日食を記録したスケッチブックも展示し、自然科学への関心にも光をあてます。光と闇の相互作用に敏感であった画家が、月が太陽を覆うという現象に惹かれたことは偶然ではなかったでしょう。

また、現代アーティストであるケイティ・パターソン(1981年−)がつくりだした、無数の光の粒がゆっくりと舞うインスタレーション作品を展示します。人類が歴史上で残してきた日食の膨大な記録像の反射光からなるその作品は、日食を含むターナーの月光への関心と響きあいます。

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第1章

はじまりの歩み、 英国の風景から

J.M.W. ターナー《カンバーランド、コニストン山脈の朝》
J.M.W. ターナー《カンバーランド、コニストン山脈の朝》 1798年展示 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate

Richard Long

リチャード・ロング《レッド・スレート・サークル》 1988年 スレート テート美術館  © Richard Long  Photo: Tate
リチャード・ロング《レッド・スレート・サークル》 1988年 スレート テート美術館  © Richard Long. All rights reserved, DACS & JASPAR 2026 E6377 Photo: Tate

英国には、じつに多様な風景を見せる山岳や丘陵、湖などがあります。そこに歩み入った初期のターナーの作品群は、自然が生みだす形態や色彩、それらと不可分な光と大気を、彼がいかに綿密に観察していたかを明かします。また、そこにはすでに、自然の「崇高」を経験しようとしたターナーの態度の萌芽を見てとることもできます。それら英国風景を描出した作品によって、彼の名声は、はじめて確立されたといえます。

自然のなかを歩くという行為から作品を生みだしたターナーの態度は、リチャード・ロング(1945年−)のような後世のアーティストの芸術実践を想起させるところがあります。ロングは歩行そのものを、芸術の一形態としました。ターナーとロングの作品は、それぞれに異なる自然とのかかわりかたを示してはいますが、この章では彼らの足跡――ふたりが共通して訪れたダートムーアでの歩行の記録――が時空を超えて重なりあいます。

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第2章

山々の内部へ

J.M.W. ターナー《グリゾン州の雪崩》 1810年展示 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《グリゾン州の雪崩》 1810年展示 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate

Olafur Eliasson

オラファー・エリアソン《溶ける氷河のシリーズ 19992019》
オラファー・エリアソン《溶ける氷河のシリーズ 1999/2019》 2019年 Cプリント(30組) テート美術館 © Olafur Eliasson Photo: Tate
オラファー・エリアソン《溶ける氷河のシリーズ 19992019》(部分)
オラファー・エリアソン《溶ける氷河のシリーズ 1999/2019》(部分) 2019年  Cプリント(30組) テート美術館 © Olafur Eliasson Photo: Tate

1802年、ターナーは20代後半のときに、はじめて英国の外へと旅に出ました。本章では、アルプスを中心とする英国外の多様な風景が表わされた作品を紹介します。たとえば《グリゾン州の雪崩》は、初期のターナーが自然の崇高を描いた重要作のひとつです。

さらに、ターナーがさまざまな時期に描出したメール・ド・グラス氷河の光景の傍らに、オラファー・エリアソン(1967年−)が1999年と2019年の2度にわたって同一の氷河を記録した写真シリーズを展示します。それらエリアソンの作品は、気候変動が活発な議論の対象となり、グローバルな社会的課題とされはじめて久しい昨今の問題意識を反映しています。こうした21世紀の氷河のイメージは、ターナーが産業革命期を生き、人類の経済活動をつうじて世界が変質しはじめた時代の光景を鋭敏に捉えた、歴史上で最初の画家のうちのひとりであったことも想起させるでしょう。

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第3章

歴史的崇高

J.M.W. ターナー《バッカスとアリアドネ》 1840年展示 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《バッカスとアリアドネ》 1840年展示 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate

ターナーの生きた時代において、もっとも権威があった絵画ジャンルは歴史画でしたが、彼もまた、それをくりかえし描きました。本章で紹介するターナーの歴史画には、先行する偉大な画家たち――ティツィアーノ、クロード・ロラン、リチャード・ウィルソンら――の絵画の記憶も息づいています。ターナーは、このジャンルを巧みにあつかう力量によって高く評価されましたが、それだけでなく、従来の絵画様式や理想化された世界像の表象を超えていった点においても注目されました。彼は古典的な主題を採りあげつつも、実験的な手法をもちい、見る者の経験により強く訴えかける作品を生みだしたのです。

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第4章

崇高の都市、 ヴェネツィア

J.M.W. ターナー《ヴェネツィア――サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂》 1844年展示 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《ヴェネツィア――サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂》 1844年展示 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《カナル・グランデ、サン・シメオン・ピッコロ教会、夕暮れ》 1840年 水彩、グワッシュ、ペン、インク/紙 テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《カナル・グランデ、サン・シメオン・ピッコロ教会、夕暮れ》 1840年 水彩、グワッシュ、ペン、インク/紙 テート美術館 Photo: Tate

陸と水の交わり、広大な空と壮麗な建築群をもつヴェネツィアは歴史上、数えきれないほど多くの芸術家たちを惹きつけてきました。けれどもターナーほどに、その都市のありかたと深く響きあう油彩画や水彩画を生みだした画家は、ほかにいなかったでしょう。

ターナーは1819年、1833年、1840年と、生涯で3度、ヴェネツィアの地を訪れましたが、本章の中心となるのは、彼が最後の滞在中に手がけた水彩画とその後に発表した油彩画です。ホテル・エウロパの一室をアトリエ代わりとしつつ、彼は多様な視角から変幻する都市の表情を捉えました。

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第5章

荒れた海

J.M.W. ターナー《荒海と難破船》 1840-45年頃 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《荒海と難破船》 1840-45年頃 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《捕鯨船エレバス号に万歳! もう一頭獲ったぞ!》 1846年展示 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《捕鯨船エレバス号に万歳! もう一頭獲ったぞ!》 1846年展示 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate

The Otolith Group

オトリス・グループ《Hydra Decapita(ヒュドラの斬首)》 2010年 HDヴィデオ、プロジェクション、カラー、サウンド テート美術館  Courtesy and copyright: the artists. Photo: Tate
オトリス・グループ《Hydra Decapita(ヒュドラの斬首)》 2010年 HDヴィデオ、プロジェクション、カラー、サウンド テート美術館  Courtesy and copyright: the artists. Photo: Tate

ターナーが残した作品群のうち、半数以上を占めるのは海景画です。そこでは海が、人間の営みと自然のちからとが出会い、衝突する場としてしばしば描かれています。捕鯨産業の光景が表わされた作品では、画面は光輝に充ち、海と空の境界は定かでなく、船やひとびとの形象は溶解しかけています。巨大な鯨もまた、ターナーが探究した「崇高」に関係していたといえるかもしれません。

さらに本章では、ターナーが生んだ《奴隷船》のイメージと、現代のアート・コレクティヴであるオトリス・グループの映像作品を併置します。奴隷貿易の歴史と現代の金融資本主義の双方に批判的なまなざしを向けるその作品とターナーの芸術との対話をつうじて、海が可視/不可視の歴史を宿していることに着目し、権力、移動、人間の搾取をめぐる問いを、こんにちへと接続します。

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第6章

黙想、 海と空を見つめつつ

J.M.W. ターナー《新月――あるいは「ボートを失った、きみにフープはやらない」》 1840年展示 油彩/板(マホガニー) テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《新月――あるいは「ボートを失った、きみにフープはやらない」》 1840年展示 油彩/板(マホガニー) テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《浮標のある海景》 1840年頃 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《浮標のある海景》 1840年頃 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate

ターナーは、海の激しい力動を捉えただけでなく、そこに潜む詩的で暗示的な、見る者を惹き込むような構造にも関心を示しました。油彩画にくわえ、ターナーは薄くたなびく雲、海しぶき、波頭などの細部を描写した数百点におよぶスケッチも残しました。これらをあわせて見ると、海面や光の移ろいゆくさまにターナーが一貫して強い関心を向けていたことがわかります。こうした微細な変化を丹念に見つめるターナーのまなざしは、海を固定したひとつの表面としてではなく、たえず移ろい、複雑に変化しつづけるものとして受けとるよう、鑑賞者に促します。

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第7章

根源的崇高 ――後期ターナーという問題

J.M.W. ターナー《荒海とイルカ》 1835-40年頃 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《荒海とイルカ》 1835-40年頃 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《三つの海景》 1827年頃 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate
J.M.W. ターナー《三つの海景》 1827年頃 油彩/カンヴァス テート美術館 Photo: Tate

Mark Rothko

マーク・ロスコ《無題》 1969年 アクリル/紙 テート美術館 © 1998 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, NY / JASPAR, Tokyo E6377 Photo: Tate
マーク・ロスコ《無題》 1969年 アクリル/紙 テート美術館 © 1998 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, NY / JASPAR, Tokyo E6377 Photo: Tate

健康の悪化や同業者らからの批判にもかかわらず、晩年のターナーは、きわめて旺盛な制作をおこないました。大胆な造形実験を重ねながら、こんにち高く評価されている挑戦的な作品を数多く生みだしたのです。この時期のターナーは、ほとんど光と大気にのみ焦点をしぼった絵画や習作を多く制作しました。絵画は歴史のなかで形成されてきたさまざまな拘束や約束事からしだいに解放され、まさにターナーによって自由になったともいえるかもしれません。

本展の終わりには、ともに「抽象的崇高」という概念とともに語られたアメリカの抽象表現主義の画家、マーク・ロスコ(1903−1970年)とバーネット・ニューマン(1905−1970年)の作品を展示し、ターナーの絵画と併置します。絵画が体現する光、そして色彩が、鑑賞者の見る経験そのものとなることを感じていただけるはずです。

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